はま

記事一覧(85)

ACC体験記 FILE033=よんよんさん

<原発> 左耳下腺<ニックネーム> よんよん<性別> 女性<罹患年齢> 47才<居住地> 東北地方<病院> 地元の地域がん診療連携拠点病院<ステージ> 告知なし(初期との診断)<治療> 左耳下腺部分摘出術<体験記>2017.10月親知らずのあたりがズキズキと痛む感覚から始まり虫歯や顎関節症を疑いましたが口が開きづらいなどの症状もなく痛みもそれほどでもないのでそのまま放置していました。2018.4月ズキズキする痛みは以前と変わらず気になるほどではなかったので普通に過ごしていましたが友達とおしゃべりしながら何気なく触った耳の下に小さなやわらかいしこりがある事に気がつきました。顔の向きによっては手に触れたり触れなかったりするので自分のなかでは気のせいかも⁈という現実逃避の気持ちもありました。2018.5月近所の耳鼻科へ行き 診察してもらいましたが診断は 異常なし。一旦は安心したもののこの後あたりから親知らずの痛みが少し強く断続的になってきましたが歯医者さんに行くのが怖くてそのまま数ヶ月を過ごしました。2018.8月時々耳の前やエラのあたり、顎の左側にピリッとした神経症状が現れ始めなんとなくしこりも気持ち大きくなった気がしたので、総合病院へ足を運びました。診察の結果…「耳下腺腫瘍のようですがCTを撮りましょう、ここにできる腫瘍はほぼ良性だからあまり心配しなくても大丈夫」と、言われCTの予約も急ぎではない2ヵ月後に入れました。2018.10月CTの結果1.2センチの腫瘍が浅葉にありました。「画像を見た限りでは良性の顔つきだから手術は1年後でも大丈夫」と、言われましたが心配だったので12月に予約を入れてもらいました。2018.12月予定通り手術は終了。術前のお話では最初の診察の先生は耳下腺全摘出とのことでしたが次から担当してくださった主治医の先生は部分摘出でやりますと。場合によっては他のところから神経を移植しますとも言われていましたが結果部分摘出のみで手術は終了し術中迅速病理検査で線様嚢胞癌と告知されました。現 在術後6ヵ月が経過しました。術後2度CT撮影をしましたが、今のところは再発転移は確認されておりません。術後の痛みや神経症状はまだありますが耳たぶ周辺の感覚もだいぶ戻りつつあります。下唇の感覚も戻ってきてブクブクうがいもできるようになりました。10年以上の経過観察が必要とのこと。これからも定期的に通院していきます。

Mail magazine「Lookup」START

こんにちは!TEAM ACCのチームリーダーのHamaです。この度、TEAM ACCの新しい試みとしましてメールマガジンをメンバーの皆さんに配信することにいたしました。メールマガジンの名前は「Lookup」。「どんな時でも上を向いて生きましょう」という意味を込めて名付けました。ブログやホームページはリーダーからの一方的な情報発信となってしまいがちですが、メルマガ「Lookup」はメンバーの皆さんと一緒に作っていきたいと考えています。チームメンバーの治療体験情報、メンバー同士の交流のキッカケづくりなどを中心に誌面をまとめ、遠く離れていてもこのチームを身近に感じていただき「ひとりじゃない、仲間がいる」という気持ちをより高めていただくことが目的です。TEAM ACCは腺様嚢胞癌(ACC)サバイバーご本人とそのご家族であればどなたでもメンバーという認識で運営しています。会員登録はしていませんしもちろん会費等も徴収していません、皆さんとインターネットを通じての繋がりで成立しているチームです。どこの誰だか分からないようなチームリーダーを信頼していただきたくさんの方と繋がれたことは本当に嬉しくただただ感謝しています。そんな皆さんへの気持ちが「Lookup」を発行するキッカケになりました。今後も皆さんと交流を続けられたら幸せです。改めてよろしくお願いいたします。2019年6月8日(土)にLookup No.00(DEMO版)を約110名のメンバーに配信し多くの方からフィードバックをいただき大変感謝しております(フィードバックのコメントに答えらえておらず申し訳ございません)。配信したのはリーダーがメールアドレスを知っている方のみです。実際にお会いしたことがあってもメールアドレスを存じ上げてない方には配信出来ていません。また、メールアドレスが変更になりメールが戻ってきてしまった方も数人いらっしゃいました。大変申し訳ございませんが「Lookup」の配信を希望される方は再度リーダー宛にメールをお送りくださいますようお願い申し上げます。また、反対に不要な方がいらっしゃいましたらご連絡をお願い致します。team.acc.hama@gmail.com上記アドレス宛に下記内容を明記してお送りください。1)タイトル=「Lookup」配信希望2)ご本名3)ニックネーム(無ければ結構です)4)腺様嚢胞癌(ACC)発症部位(原発)5)立場(ご本人/家族)6)コメント「Lookup」は1MBを超えない程度の画像(JPEG)でメール配信いたします(申し訳ございませんが、郵送でのお届けはございません)。携帯電話で受取る際の注意として、受信データ量に制限がある場合は残念ながらお手元に届かないことがありますのでご注意ください(パソコンなど携帯電話以外の端末での受取りを推奨いたします)。「Lookup」は、月1回程度の配信を考えています(通番で管理して参ります)。その他、ご質問などございましたらメールにてお問い合わせくださいませ。皆さんと一緒にTEAM ACCを盛り上げていきたいと思います。以上、何卒宜しくお願いいたします。

TEAM ACC 2019 今後の予定

先日(2019年4月13日)、TEAM ACC CAFE VOL7が無事に終了いたしました。ご参加いただいた皆様、そしてスタッフとしてご協力いただいた皆様、ありがとうございました。お陰様でとっても有意義なCAFEを開催することが出来ました。また、AFTER CAFEでは資生堂ライフクオリティビューティーセンター様にご協力をいただきまして、念願だったメンバーたちと一緒にセンターを訪問をさせていただき、ケアリストさんによるカバーメイクのデモンストレーションまで体験をさせていただきました。資生堂様にはこの場をお借りして改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。いつもよりも濃厚なTEAM ACC CAFEとなり参加された皆様も喜んでおりました。CAFE VOL7に関する詳細はリーダーHamaのブログにUPいたしましたのでそちらをご確認いただけますと幸いです(下記にリンクを貼ります)。<TEAM ACC CAFE VOL7 関連ブログ>【565】TEAM ACC CAFE VOL7を終えて【566】AFTER CAFE in GINZA SHISEIDO…………………………………………………………………………………………………さて、2019年は早くも4月を終えようしています。そして、あと数日で新しい元号「令和」に移り変わります。元号が新しくなってもTEAM ACCは変わらず腺様嚢胞癌(ACC)の仲間と共に生きていきますので引き続きよろしくお願いいたします。CAFEも終わりひと段落したので今年(2019年)のこれからの予定をいくつかお知らせすることにいたします。

ACC体験記 FILE032=Yunoさん

『自己紹介』東京生まれ。幼稚園から埼玉県ふじみ野市で過ごし、東京で勤務、結婚後数年して田舎暮らしを選び、実父の故郷の長野県に実の両親や夫と子供と移転。長男は埼玉県で出産、次男は長野県で出産し、下の子が保育園に上がった頃から子育てしながら介護福祉士(病院でリハビリ助手)の仕事をフルタイムで勤務していた。数年後顎の痛みのため受診してから長い戦いが始まり今に至る。※発症から今までの病歴が長いため主たる部分を抜粋して体験記にまとめた。【原発部位】右顎下線(唾液腺)【STAGE】不明 【ニックネーム】Yuno【ブログ】顎下線癌★めげずに七転八起【性別】女性【年齢】54歳【罹患年齢】45歳 ※2010年、発覚した時に先生にもう10年以上前に出来たものだと診断【居住地】長野県【治療】2010年2月 顎下線腫瘍切除2010年4月 頸部郭清術2010年6月~7月 放射線治療2011年5月 形成手術(顎)2016年6月 転移性肝癌手術2016年8月 転移性肺癌手術2018年9月 転移性肝癌手術2019年1月 転移性肺癌手術    2010年1月 初診以前から感じていた右顎の痛みは疲れからの親しらずの神経の痛みだと思い、忙しさもあり受診していなかった。そのうちコリコリとしたシコリを感じて、痛みも右顎から耳にかけビリビリと強くなり近くの個人の口腔外科を受診。医者は大きな総合病院に受診したほうが言いとすぐ紹介状を書いてくれた。翌日、地元の総合病院の口腔外科を受診。レントゲンやCTなどの検査の上、ほぼ良性でしょうと言うことで安心した。唾石症?かもしれないとはっきりしなかった。痛みもあるため翌月手術することになった。同年2月 腫瘍切除オペで腫瘍を切除した。腫瘍は顎下線、唾液線のところにあり、かなり大きく5cmぐらいの大きさだった。綺麗な形で悪性ではないと思うと先生は言っていた。このオペはそんな大がかりでなかった。まだ気楽でいたと思う。6日入院。退院後はすぐに復帰して仕事を始めた。唇が歪んでしまい笑うと上手く動かず悩んだが、先生にはだんだん良くなると言われた。一応、腫瘍を病理検査に出したが、いっこうに結果が出ない。しびれを切らして何度か病院に電話をしたが、その度まだ結果は出てこないと言われ不安を覚えた。1ヶ月近く経った頃、残業の会議中に携帯が鳴り、今回の病理検査の結果は悪性で、周りの組織にも転移(浸潤)があるとの事。もうその時は頭が真っ白、顔色は真っ青で、職場に何か言い訳をして飛び出して帰ったと思う。先生の「悪性」という言葉が頭の中でコダマしていた。翌日、口腔外科の主治医に腺様嚢胞癌という希少癌で顎下線(唾液腺癌)の癌だと告知された。再度オペで頸部郭清術を実施すると言われた。東京の大きな大学病院から週に1度来ている耳鼻科の先生に担当が変わると言われた。そして耳鼻科の先生の説明を受けた。おそらくこの癌は出来てから10年は経っていると告げられた。確かにかなり昔から時々チクチク痛んでいたが、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。大きな手術になり右顔の神経など失う事などを告げられた。右肩も90℃より上には上がらなくなるとのこと。この時はショックで泣いてしまい、受診時間も長くなって後の患者さんに迷惑をかけたと思う。同年4月頸部郭清術(けいぶかくせいじゅつ)右顎から首にかけての組織、リンパ節、静脈などごっそりととる手術を行った。オペ前はやっぱり怖かった。術後自分がどうなっているのか・・・。もう身をゆだねて先生に任せるしかないと、まな板の鯉になっていたと思う。オペ後、やはり右顎から首にかけて組織が切除されて、かなり顎の左右差が目立ち、耳の後ろから顎下まで大きな傷跡。マーキングなどもまだ残っていて、鏡を見てその変貌に現実を突きつけられ、胸が締めつけられ、涙が止まらなかった。ナースが何も言わず背中をずっとさすってくれた。感謝です。大変だったが、経過も良く18日間入院後、退院。やはり右顔面や特に唇、顎のあたりの麻痺や歪みは出てしまった。右頭部から首にかけて神経がパニックを起こし強い電流が流れている感覚があり辛かった。50日間休職し、右肩の不自由さ(肩より上に上がらない)も残る中、仕事復帰する。放射線治療 開始同年6月~7月放射線科の先生と相談し、右顎から頸部に再発防止に放射線、全66Gy=33回照射。午前中、放射線をして午後は仕事をしていた。右口腔内は放射線やオペの影響もあり、右舌も味覚障害や麻痺で感覚がなかった。舌の下に何か食べ物が残っていても感覚がなく、わらない。嚥下障害もあり。気を付けないと飲み込みづらさや咽せが起きる。口内中、口内炎ができたので、どろどろのミキサー食を流し込んでいた。右首や耳あたりもビリビリした痛みのような痺れがある上、感覚鈍麻など残っている。髪の毛も右下あたりは抜け落ちたが上部に生えている毛でカバーできた。放射線治療の後遺症はしばらく続きガーン、ガーンというようなひどい頭痛のようななんとも言えない衝撃が続いた。この時はかなり体型がスリムになった。放射線治療の前は口腔外科の先生に、右下の埋まっている親知らずの切開をすすめられ日帰りで大変な思いで親知らずを抜いた。埋まってる歯の上に生えている奥歯も一本抜かれた。放射線をあてた場所は将来インプラントとか治療ができないので先に抜いてしまうらしい。尚一度照射したところに2度は放射線は出来ないとの説明も受けた。それから1年間は経過観察で口腔外科と耳鼻科に通った。顔面の変貌や今後どれぐらい生きられるか心配で精神的にも落ち込み心療内科で安定剤もいただいた。顎の左右差と顎の痙攣、窪みなどでマスクを外せなかった。職場でお弁当を食べる時と、水を飲む時だけそっと外していた。仕事の時はスタッフや利用者様に心配をかけないよう普通を装っていた。声だけは明るく出そうと努力するが、舌も上手く回らず、上手くしゃべれない。2011年5月 形成手術 オペから1年経ち顎の左右差を治したくて、自分でネット検索し、東大病院の形成外科を主治医に紹介して頂いた(主治医に1年後形成手術してもいいと言われていた)。オペしていない左の顎の脂肪吸引とリフトアップの形成手術をして、正面から見た顎の左右差はなんとか良くなった。術後マーキングや顔の腫れを見て驚く。4日入院。唇の歪みや顎の窪みに対してもボトックス注射が有効ということで、東大病院に3ヶ月に1度注射をしてもらいに数度通った。顎中央に窪みができ、まるで赤ちゃんの頭頂部が塞がれる前のように顎がピクピクと痙攣がおきて気持ち悪かったのだ。ボトックス注射のおかげで顎の窪みは痙攣も窪みも改善され、唇の歪みも麻痺のないほうも注射して左右差がなくなるように調整していただいた。ボトックス注射は数回、東大病院形成外科まで通っていたが、遠方で交通費もかかるため地元の神経内科で行うことになった。いずれも健康保険内でできた(健康保険でも高額)。現在は中断している。それから6年は、定期検診のCT、PET-CTなどでは何も見つからずにきていたのでこのまま年寄りになるまで何もなければいいなぁと思っていたのだが、、、2016年4月 遠隔転移 同年6月肝腫瘍オペ無症状だったが定期検診で2cmの腫瘍がみつかる。肝臓を左半分切除する。傷は胸中央から下に向かい縦に切り、おへその上から横に大きく切除。逆L型。痛みは筋肉も切るので術後、お産の如く激痛、背中にモルヒネのチューブを入れていても効かないので更に強い痛み止めを切れるたびに追加で点滴から入れてもらっていた。2週間の入院。退院後まるでお腹に大きな石がごろごろ沢山入っているような違和感と痛みが続いた。台風などお天気が変わる前は酷く傷んだ。同年8月肺腫瘍オペ4月の定期検診で右肺にも1cmの腫瘍が同時に見つかり取り除くため胸腔鏡で手術実施。お腹の痛みに比べれば楽な手術だと思うが、肋骨、背中のズキズキとした痛みや咳、たんなどはしばらく苦しく、入院中は吸入などを1日4~5回実施していた。6日入院。転移はやはりショックだが、できた腫瘍に対しては切除が一番といわれ、とにかく乗り越えないとと思い頑張った。上記の2016年の再発で肺転移、肝転移の際は職場を7ヶ月休職。2017年1月から職場復帰。再発2017年8月 お腹の痛みを感じCTを撮ると2cmの腫瘍が再び肝臓にみつかる。この時、消化器内科の担当医の予約がどうしても取れず同じ系列病院の場所が違う初めての先生を受診。オペを勧められたが、1年で再発とは、とにかくショックで違う先生の意見も聞いてみたかった。セカンドオピニオン2017年9月また新たに腫瘍が出来てしまい、一度東京の希少がん専門の先生の話が聞きたくて耳鼻科の主治医に紹介状を書いてもらい、国立がん研究センター中央病院の頭頸部外科の吉本先生の受診をさせていただいた。吉本先生はとても穏やかでいい先生だった。腺様嚢胞癌の特徴も紙に書きながら説明して下さり、進行がゆっくりの癌なので、もう少し様子をみて定期検診はしっかりしてくださいとの事。またここで治療がしたいと思ったらいつでも来てくださいと言ってくださった。旅行とかしたらどうですか? と言われたがどう受け止めていいのか? もう余命はわずかだから今のうちに楽しんだほうがいいということなのか? 考えないようにした。 2018年10月の吉本先生のセミナーも行きたかったが、応募もしてなく、どちらにせよ残念ながら後に行うオペ後で行けなかった(セミナーの動画をみさせていただき誠にありがとうございます)。2018年9月 肝癌再発オペ肺転移、肝転移がPET-CTで1つずつ見つかり、遠隔転移の再発。肺は5mmぐらいだったが、肝臓は去年から2cmから5cmぐらいに一気に大きくなっていた。これをとらなければ肝不全であと1年で亡くなります。とはっきりと告げられたためオペを決意。右肝臓半分切除。前回と同じところを大きく逆L字に切り、HCUでは2日間痛くてずっと叫んでいた。痛い~助けて~と叫ばずにいられない痛み!前回と同じ、もうオペから翌々日には歩行訓練。12日間入院。2019年1月8日 肺がん再発オペ右肺の胸腔鏡にて腫瘍のオペ。マッチ棒の先(5mm)ほどの腫瘍が切除。HCUの1日間はかなり辛かったが、オペから翌々日はいろいろな管も抜けて楽だった。6日間入院。先日2019年1月15日に消化器外科、肝臓の先生を受診したが、9年前に顎の癌が飛んだものが出てきて、見えてたものをこれだけ摘んだから僕の考えではもう出てこないだろう。もう僕には会わないように。療養期間後、仕事も始めていいとのこと。一瞬でも先生の言葉は光に感じる。でも、自分の体は何度も何度もオペをして痛いところだらけで実際ボロボロだと思う。仕事内容の事もあり、無理できる体じゃないんですよ。先生!! と言いたかった。2019年1月21日耳鼻科の主治医の受診、先生に肝臓の先生の話を伝えたが、顔が厳しかったような。先生は9年も診てくれているから、わかるのでしょうか。しかし余命とかは恐くて聞けない。経過をみていくしかないのでしょう。今は検査も手術も入院も疲れました・・・。主人と子供達は私がこんな状態なのに、まだまだ普通に元気だと思ってるらしい。痛い体にムチ打ちできる範囲で家事をしています?できない時はやらない(笑)長男は優しいので手伝ってくれるが、次男はまだ反抗期が続いている。昨年(2018年)7月、父も亡くなり本当にいろいろ大変だったが、それに加え認知症で歩行困難で難聴の母親も施設に泊まったり帰ってきたりで大変で、私には現在、兄弟はもういないので母のケアマネと話し合いながら調整していきたい。世の中には私みたいな人もいると思う。この世代だと親の介護も被ってきますよね。こんな状況で自分のことが二の次になってしまうので、治療も遠い病院で新しい治療とか思うようにいかず、困窮しています。こうして書きおこしていると、怒涛のごとく罹患してからの9年間が押し寄せてきました。今は今を生きているだけで、次のことは考えられません。しかしながら辛いのは自分だけじゃないと、Hamaさんのブログを見てから思うようになりました。今出来ること、やるべきこと、楽しめることをできる範囲でやっていきたいと思う。心は晴れたり曇ったり。元気になって、遊びに行きたいし、皆様にもお会いしたいです ‼

ACC体験記 FILE031=おぴさん

管理者=Hamaよりおぴさんからのご投稿はご主人様のACC治療経験を投稿されたものです。眼窩(がんか)は眼球が収まっている場所です。腺様嚢胞癌(ACC)はそのような部分にも発症いたします。視神経や脳幹に近い為に治療も難しく患者様やご家族様は治療の選択にとても悩まれることか多いと聞いております。おぴさんご夫婦も例外ではなく治療までとても苦労されました。おぴさんご夫婦のACC治療体験記をご一読くださいませ。<原発部位>眼窩(がんか)<ステージ>ステージⅣ<ニックネーム> おぴ(妻)=投稿者         サバイバーはご主人様<性別>男性<罹患年齢> 59歳<住まい>愛知県<治療>2017年/ 3~4月 陽子線治療<現状>経過観察中【発覚・告知から治療まで】主人は眼窩(がんか)に発症した腺様嚢胞癌です。2016年の夏頃、眼の奥が時々チカチカすると口にするようになりました。以前より少し気にはなっていたらしいのですが、病院を受診するほど気になる様子ではありませんでした。でも、そのうち症状が増し心配になったので近くのクリニックを受診しMRI/CT検査を受けることになりました。その結果、どうやら腫瘍があることが判明し大学病院で詳しく調べることになりました。 大学病院では当初「脳外科で検査ついでに採ってしまう」と説明を受けましたが耳鼻科で鼻の中から生検で細胞を採ることに変更になりました。検査で分かったことは右眼奥(顔の中心寄り)の周りを囲む骨の内側にある眼窩に発症した眼窩腫瘍であることがわかりました。鼻腔から生検した直後から痺れと痛みで医療麻薬が必要になりました。今思えば 他の方法で確定できる方法は無かったものかと後悔もあります。細胞診の結果、思いにもよらず悪性と判明、ステージ4を告げられました。 脳幹に向かう神経に沿い浸潤中とのことで、『手術は難しい。できるとすれば顔の半分が無くなると思って下さい。腺様嚢胞癌はゆっくり浸潤していく性質のものだから5~10年は……』と、簡単に説明されました。また、『手術をしたとしても開けてみないと摘出できるかどうかも解りません』とも説明を受けました。眼窩腫瘍の症例が少ない中でも治療経験が多いと云われる他の病院にも受診をしましたが、手術は難しいし粒子線はまだ確率が信頼できていないのでどうかと思うとのことでした。治療選択に迷う現実です。最終的には最初の大学病院では手術以外の選択枝は粒子線治療しかないと言われたことを尊重し、兵庫県立粒子線医療センターを紹介していただき受診することにいたしました。【治療について】2017年3月~4月、兵庫県立粒子線医療センターで陽子線の照射32回を受けました。一か月半の入院をしての治療となりました。疼痛の薬を飲みながらとなりましたが、体はまだ元気だったので毎日暇つぶしに病院の周囲を1~2時間をウォ-キング(帽子・日焼止め・サングラス)をして臨みました(こちらは山奥の開発団地のような何もない療養所的な立地です)。治療が重なると次第に口内炎も始まり、だるさも増え体力もなくなっていきました。しかし、副作用は退院してからの方が本格的なものでした。主な副作用は口内炎、吐気、食欲不振、疼痛です。オキシコンチン、オキノームは月毎に増えていったという状況です。このように陽子線による副作用は半年間ほどあれこれと大変でしたが、現在では仕事も半量ほどこなせています。照射後、最初の画像診断では腫瘍はやや小さくなったようにみえるとの見解でしたが、その後は現状維持を保っています。照射の効果は長いスパン(数年単位)でしか現れてはこないそうで、止まっているのか、休憩中なのか、潜んでいるのかは現状では分からない状況です。照射から一年半が過ぎた現在は、3ヶ月毎の画像診断で様子を見ながら医療麻薬の投薬の回数・量を体調に合わせようと思考錯誤しつつ、副作用の薬の影響にも苦戦中です今、いちばん辛いのは多量の薬から来ているだろうと思われる眠気・吐気です。短時間の仕事には気が張っている為かなんとかこなせますが自宅ではほぼ眼を閉じています。【最後に…】「何故、眼窩なのか…」。思い当たる事がひとつ偶然かもしれませんが、高校時代サッカーボールが眼に直撃し眼底打撲と云われ失明するかもと心配しました。15年ほど前ミニドッグを受けた時指摘されたことを思い出しました。

ACC体験記 FILE030=さわさん

<原発部位>舌下腺<ニックネーム> さわ<ブログ>腺様嚢胞癌~手術から経過、再発・転移~抗がん剤治療(※現在休止中)<性別>女性<罹患年齢> 43歳<住まい>京都<治療>2014年 手術2回2016年 手術3回2018年 6月~11月末 抗がん剤治療<体験記>ー違和感~確定診断―口内に違和感があったのは、腫瘍が発見される3年程前です。違和感は、特に歯が痛い、舌が痛い、口内炎に似た痛み等でした。歯科を数件受診しましたが、どの歯科でも虫歯も無く異常なしの診断でした。ストレスや、歯ぎしりの痛みではないか?などの見解です。そのうち、とうとう口の中にも盛り上がりや、顎の外からも触るとわかるほどの塊を感じ、歯科から口腔外科を紹介してもらい「がん(腺様嚢胞癌)」が判明しました。このように判明するまがとても長かったです。ー治療経験ー2014年9月舌下腺腫瘍摘出術2014年10月顎下腺腫瘍摘出術2016年1月再発により、口腔底腫瘍摘出術2016年9月再発により、口腔底腫瘍摘出術2016年10月再発により、口腔底腫瘍摘出術2018年6月肺への多発転移の為に抗がん剤治療開始ー現在の治療についてー2019年1月現在、週一回分子標的薬点滴投与、週一回ハイパーサーミア温熱療法(保険適応)に通ってます。ー体験記やブログの情報が奏功ー相変わらず腺様嚢胞癌の情報が乏しい状況でしたが、このホームページの体験記に書かてれている抗がん剤治療についての記述の中に、私が実践した抗がん剤と同様の薬三種(シスプラチン、5FU、アービタックス)をされ治療の効果があった事を知り、治療に背中を押してもらえました。「ACC体験記 FILE027=KIMさん」の体験記です。KIMさんとはHamaさんにお願いして連絡先を交換し、その後、情報交換をさせてもらいました。また、猫舌さんが私よりひと月先に抗がん剤治療を始められたことをブログで知りました。リアルタイムで参考にさせてもらった猫舌さんのブログでは、味覚障害のことや、食べ物ことなど、抗がん剤あるあるがとても心強かったです。私のブログは、訳あって中断していますが、治療の経過や、内容は参考になればと思っています。ー私も誰かのチカラにーこの度投稿しました私の体験記は手術や抗がん剤治療で迷っておられる方へ何かお役にたてる一情報となるならばと思い投稿しました。ご連絡をくだされば、私の経験談を情報提供できると思います。

ACC体験記 FILE029=ひろちゃんちのまあちゃんさん

※ご主人様が腺様嚢胞癌(ACC)に罹患され、奥様が体験記を書いてくれています。<原発部位>外耳道(右)<STAGE>不明<投稿者>ひろちゃんちのまあちゃん     (サバイバーの奥様)<住まい>福岡県 福岡市<罹患年齢>2014年4月より症状有り      (痛み)      ※2019年01月現在 67歳<病院>九州大学病院<体験記>2014年 春右耳に激しい痛みがありました。耳鼻科を受診すると軽い外耳道炎と診断され鎮痛剤と点耳薬を処方されました。しかし、あくる日も症状は解消されなかったので他の耳鼻科を受診することに。診断は最初の耳鼻科と同じでしたが、その後、痛みは2日間ほどで解消されました。たまにピリッとした痛みは有りましたがかなり長い間放置することに…。2018年ピリッとした痛みが気になりたまに耳鼻科を受診するも症状は変わりませんでした。「もしかしたら神経からかも?」と思いペインクリニックを受診。ペインクリニックではリリカを処方されました。リリカ=神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛の治療に用いられる飲み薬です。しなしながらこのリリカを服用しても症状は緩和されず、あまりにも経過が長引くので「がんじゃないよね…」などと言いながら別の耳鼻科を受診することにしました。「耳の中が少し腫れている」とのことから、消毒のために週一度通院を続けましたが結果的には痛みは解消しませんでした。そこで、何年もの間痛みが続ている事を強く言ったところ医療センターを紹介してくれました。医療センターでCT検査とMRI検査をしたところ腫瘍があることが判明しました。生検の結果は良性腫瘍だけど手術は九州大学病院が専門とのことで転院。九州大学病院で詳しく検査をすることになり改めて生検した結果、腫瘍の正体は良性腫瘍ではなく腺様嚢胞癌(ACC)だということが発覚しました。幸いなことにPET-CTでは遠隔転移はしてないと判断されました。2018年12月5日=手術腫瘍が耳たぶの後ろの皮膚の下にあるので皮膚ごと切り取り大腿部から皮膚を血管ごと移植しました。また、再発防止のため腫瘍と一緒に鼓膜まで切除することになり聴力を完全に失うことになりました(2018年12月17日 退院)。2018年12月29日=受診術中の迅速検査では断端陰性でしたが、切除した腫瘍に接していた骨が陽性の可能性があると診断されました。ただ、直ぐに進行するとは考えにくいので4月と7月にMRI検査をした結果で治療の判断をすることになりました。日常生活に慣れてくると耳の聞こえが悪いのが気になるようです。ふたつあった耳がひとつになってしまったのですから慣れるまでは大変だと思います。でも、そのこと以外は痛みがから解放されて以前より快適のようです。仕事は以前と変わりなく変わらず忙しい毎日です。先のことは分かりませんが、その時その時で主人にとって一番良い方法を考えていこうと思います。

「腺様嚢胞がんと頭頸部のがん」セミナー動画

国立がんセンター/希少がんセンターさん、キャンサーネットジャパンさん、がん情報サイト「オンコロ」さんの共催により2018年10月5日に開催された、希少がんMeet the Expert 「腺様嚢胞癌と頭頸部の希少がん」の動画がUPされました。定員を大幅にオーバーしたため聴講出来ない方も多数いらしたこの超貴重なセミナーの動画を視聴できることは本当に嬉しいことで、動画のUPを皆さんが待ち望んでおりました。会場には50名ほどの方がいらしていましたが、関東圏からだけではなく九州、四国、関西、東海、北関東などから泊まりで参加された方もいました。講師は国立がん研究センター中央病院頭頸部外科/吉本先生、乳腺・腫瘍内科 先端医療科/米盛先生の2名です。講義の内容については頭頸部がんの基本的なお話しから、腺様嚢胞癌(ACC)の特徴や治療のタイミングのお話し、MASTER KEYプロジェクトについて触れています。頭頸部がん全体の知識としてもとても良い勉強になりますので是非ともご覧いただければ幸いです。ラストのセッションはTEAM ACCのLeader Hamaも患者会代表として先生達と一緒にお話しをさせていただきました。この動画を通じて「自分のがんを知ること」を学んでいただければ嬉しいです。自分のがんを知ることで、自分を正しい治療に導いてくれると思います。腺様嚢胞癌(ACC)の情報は確かに少ないと思いますがそれでも数年前に比べたら格段に情報は増えています。正しい知識を身に着けて、自分にとって一番良いと思う方向へ進みましょう。出来れば是非とも第2回目のセミナーを開催していただきたい…そう熱望いたします。動画はこちらから▼オンコロさんHP

ACC体験記 FILE028=BIGTOEさん

管理者HamaよりBIGTOEさんはスーパーマッチョなボディビルダーさんです。ご自分の身体を美しい筋肉でまとうために健康には人一倍気を遣って生活されてきたBIGTOEさんがある日突然がん告知を受けました。そのがんは気管に発症した腺様嚢胞癌(ACC)でした。気管という臓器は直ぐ側に大きな血管がある為に治療が難航することがあります。BIGTOEさんが選んだ治療方法、そして手術の影響はとても大きなものでした。以下、BIGTOEさんの体験記を是非ご一読ください。2017年7月、腺様嚢胞癌、気管癌の宣告を受けました。職場の健康診断は受けていましたし、自覚症状と言えば半年前くらいから喉に違和感があったのですが、リンパ腺が腫れているのかな?そのうち治るだろうくらいに思っていました。当時、体調は良いくらいでライフワークとして20歳から続けている筋トレは絶好調でした。勿論、暴飲暴食はしませんし、煙草は生まれて以来2本だけ、お酒は晩酌程度でした。そんな健康を売りにしていたボディビルダーがたばこも吸わないのにまさかの気管癌、まさに青天の霹靂でした。 【原発部位】気管 喉頭部(甲状腺、声帯周辺)浸潤 【STAGE】ステージⅣ 【ニックネーム】BIGTOE 【ブログ】BIGTOEの未来を生きるために!!http://new-bigtoe.blog.jp/癌発覚から入院、手術、退院、今日までの私の日記です。同じような癌を罹患した方の参考に、勇気付けになればと後世に残そうと書籍化を進めています。 【性別】男性 【罹患年齢】62歳 【住まい】兵庫県尼崎市在住      診断時 埼玉県新座市      療養時 千葉県鴨川市 【診断から入院まで】<2017年6月20日(火)>喉の違和感が治らないので近所の耳鼻咽喉科へ。喉にしこりがあるとのことで防衛医大病院を紹介される。<2017年6月22日(木)~29日(木)>防衛医大病院(所沢)での検査・エコー=喉に3.4cmの腫瘍のようなものがある。・喉の細胞採取・採血(腫瘍マーカー)=血液は健康体の見本のような数値で、腫瘍マーカーも異常なし。・CTスキャン=腫瘍が気管内にあることが判明・内視鏡検査=鼻からカメラを入れて気管内の壁に鳥のささみが張り付いたような腫瘍を目の当たりにする。気管内腫瘍の細胞採取 <2017年7月4日(火)>・所沢PETクリニックで検査。喉頭部から気管にかけて光っていた。 <2017年7月5日(水)>防衛医大病院・胃カメラ検査を受けるが食道内部、胃内部には異常は見当たらなかった。 <2017年7月6日(木)>防衛医大病院での検査の結果、気管癌、喉頭部癌でステージ4の宣告を受ける。癌種は、「腺様嚢胞癌」という稀少癌で、効く抗がん剤がない、放射線治療も効果が見込めない。残された治療法は癌に侵された喉頭部から気管をすべて切除する外科手術しかないとのこと。症例が少ないのではっきりしたことは言えないが、5年後の生存確率40%未満と告げられる。 <2017年7月14日(金)>国立がんセンター中央(セカンドオピニオン)で松本医師(頭頚部)のセカンドオピニオンを受ける。大筋は防衛医大病院と変わらず。重粒子線が可能性があるかもしれないと聞く。 <2017年7月20日(木)>防衛医大病院からサードオピニオンとして放射線医学総合研究所紹介依頼をしていただくが、気管内の癌には適用不可との連絡を受ける。 <2017年7月23日(日)>友人さんよりフォースオピニオンとして亀田京橋クリニック岸本ドクター紹介される。 <2017年7月28日(金)>友人より紹介された亀田京橋クリニック(銀座一丁目)にて岸本誠司ドクター、野守裕明ドクターの診断を仰ぐが、やはり、外科手術しか治療法はなく、気管内の癌が10cmと大きく、気管の3分の2近くを塞いでいるため、手術をするにしても時間的余裕がないことを告げられる。隣接する食道への浸潤の疑いあり。手術は、喉頭部(声帯、甲状腺、周辺リンパ節、周辺筋肉)を全摘出。気管孔制作は鎖骨、胸骨、第一・第二肋骨を切除して行われ、気管の大部分を切除、胸に気管孔と言う呼吸をするための穴が開けられ、術後は口、鼻ではなく気管孔で息をすることになる。声、臭覚を失う。息んだり出来ないので重量物を持てなくなる。風呂に入れなくなる。水泳も出来ない。営業の仕事も出来なくなる。歌好き、風呂好き、筋トレが趣味の私にとっては最悪の事態。開胸をして食道にも癌が浸潤していれば、食道も切除して腹を切り小腸を使って食道再建術を行なうため、手術時間は16時間以上に及ぶかもしれない。手術をしないで放置した場合どうなるかを聞くと、3~4か月くらいで気管が癌で塞がり窒息の可能性が高い。そうなると手術も出来ない、1週間で返事をとのことだった。 <2017年8月4日(金)>亀田京橋クリニック手術決意を告げる。 <2017年9月11日(月)>千葉県鴨川市の亀田総合病院に入院、検査。 【手術】<2017年9月12日(火)> 千葉県鴨川市の亀田総合病院で手術【主病名】 喉頭、気管癌【腫瘍範囲】 輪状軟骨から第10軟骨輪【手術実施日】 2017年9月12日 09:52~18:13(8時間21分)【診療科】 呼吸器外科 野守医師、耳鼻科 岸本医師【術前診断】 気管、腺様嚢胞癌、甲状腺浸潤(+)、食道浸潤疑い 腫瘍範囲:輪状軟骨から第10軟骨輪【手術診断】 同上、食道浸潤なし、完全切除【麻酔種類】 全身麻酔(分離肺換気)+硬膜外麻酔【術式】 気管切除、喉頭摘出、鎖骨、第一、第二肋骨切除、縦隔気管孔作製【出血量】 260ml【輸血量】 0ml◎開胸の結果、食道への浸潤がなかったため、16時間という予定の手術時間は約半分の8時間21分で済みました。待機していた消化器外科のドクターの出番はなかったことになります。 【一時退院から再入院】<2017年11月12日(日)>一時退院(術後2か月)(鴨川から新座市の自宅へ)<2017年11月13日(月)>夜、シャワー中に息苦しくなり、埼玉病院へ救急搬送(1回目)<2017年11月14日(火)>夜、大きな痰が小さくなってきた気管孔に詰り窒息寸前<2017年11月16日(木)>息苦しくなり、埼玉病院へ救急搬送(2回目)、帰宅後、気管孔に詰り窒息寸前<2017年11月17日(金)>京橋クリニック外来待合室で息苦しくなり、岸本医師、野守医師が、麻酔なしで緊急チューブ挿入にて気道確保処置。その後、救急車で鴨川亀田総合病院に搬送。2度目のICUへ。合併症である気管孔の狭窄によるものだった。 【放射線治療】<2017年11月22日~12月22日>(照射部位)輪状軟骨~気管分岐部リンパ節領域+ブースト(腫瘍床)(予防域)照射回数 20回、1回照射量 2レイ、総照射量 40グレイ(ブースト)照射回数 5回、1回照射量 2グレイ、総照射量 10グレイ (偶発症)放射線による皮膚炎、食道炎、血痰が増えたことによる呼吸困難が起こった。 <2018年2月12日(月)>退院。退院後もいつどんな合併症が起こるかわからないため、埼玉から住居を亀田総合病院がある千葉県鴨川に移す。退院後は、定期的に外来診察、CT検査、採血、気管支鏡検査を受ける。また、手術の後遺症で右肩の機能が悪化、スポーツ医学外来、リハビリを受けることに。<2018年3月29日(木)>依然として、気管孔にはチューブが入ったままであるが、一度抜いて様子を見ることに。しかし、狭窄が始まり朝9時から緊急外来へ。チューブの再挿入処置を受ける。今後、少なくとも1年はチューブは抜けないと告げられる。1日4回の加湿のためのネブライザーに加えて、自身でのチューブの脱着、洗浄が欠かせない状況が続くことに。 <2018年9月12日>6月で勤務先への復帰も諦め退職したため、手術から1年目のこの日に生まれ故郷の兵庫県へ引っ越し。引越にあたっても、私が受けた手術は、日本でも数人の医師しか出来ない危険な手術であり、前例が少ないことから、引っ越し後に引き続いて診察、治療にあたってくださる病院、医師が見つからないことに悩まされました。結局、かって住んでいた三田市ではなく、受け入れ先の病院がある尼崎市へ引っ越しとなりました。 現在は、尼崎医療センター、神戸市民病院で引き続き外来検診で、CT、MRIなどで再発、転移の有無を確認しながらの経過観察中です。気管孔にチューブが入った状態であるために起こるとされる肉芽とそれにからむ痰処理、気管孔の慢性的な炎症も悩ましいところです。自宅で1日4回のネブライザーと2日に1回のチューブ交換、洗浄が必須です。チューブも医師と私自身の手作りで、医師と相談しながら試行錯誤の毎日です。手術で骨や筋肉を切除したことで、手術、放射線を受けた首から胸にかけての組織の硬化、肩の痛み、腕が上がらない、後ろに回せないと言った機能障害にも悩まされていますが、確かに生きています。先人がどのような術後対応をしてどのように過ごされているのか?先人の知恵を借りることが出来ないかとブログなどで探していますが未だ出会っていません。 ACCを罹患したことで、今まで当たり前と思っていた健康の大切さ、家族、親戚、親友たちが居る幸せを痛感しました。また、ACCという稀少癌の患者さんは日常生活では出会うことが困難なのですが、はまさんが立ち上げられたTEAM ACCを通じて知り合った友人たちと情報を時間を共有することで前向きに生きる勇気をいただきました。今後はACCという現実と向き合いながら、生かされた命に感謝しながら、出来る事をやり1日1日を積み重ねるように前進したいと思います。