ACC体験記 FILE026=か~ささん

管理者Hamaより


気管に発症した腺様嚢胞癌の治療経験を投稿してくれたか~ささんのACC体験記をUPいたしました。 がんが発覚した時には局所のコントロールが難しい状況に陥っており手術は受けれず。。。そのため段階的に転移しその度に治療を繰り返すか~ささん。それでも家族やたくさんの仲間に支えられ今を元気に生きているか~ささんの体験記をご一読くださいませ。  



<原発部位>気管支

<STAGE>Ⅳ

<ニックネーム>か~さ

<ブログ>楽しく生きて エイエイオー!!気管支腺様嚢胞癌治療中~

<性別>女性

<罹患年齢>41歳

<住まい>三重県

<治療>

2015年12月 気管支内ステント留置手術

2016年 1月 放射線治療

2017年 10月 左胸骨転移部分、凍結療法にて治療。

2017年 12月 肝臓転移部分、ラジオ波焼灼+動脈塞栓術にて治療。

<病院>

名古屋医療センター

→ 2017年11月 愛知がんセンター 中央病院へ転院

<現状>

2017年 6月 左胸骨転移発覚

2017年 11月 肝転移発覚

<体験記>

2014年

⇒ 5月。軽い喘息のような咳が気になり出す。近所の耳鼻科を受診すると、咳喘息と診断を受ける。吸入、咳止めを処方され、約ここから、1年半ほど 通院が続く。

症状は 改善されず、時々診察時に尋ねるが、同じ診断が出るだけ。

娘を出産後から年に一度、人間ドックを受けていたが、胸のレントゲンは、毎年異常なしであった。


2015年

⇒ 11月。全く改善しないため近くの内科に相談する。

喘息だと思うがあなたがそこまで言うならCT検査をしましょうと言われ、早速予約をする。


⇒ 11月30日。CT検査を受ける。

結果、気道が何かで埋め尽くされている。翌日 近くの大きな総合病院へCTの結果を持って行くように言われる。


⇒ 12月1日。朝一で主人と結果を持って、総合病院受診。

あらゆる検査を朝から夕方までひたすら受ける。結果、気管支から肺に繋がる部分、逆Yの字の部分までの広範囲に腫瘍が見つかる。腫瘍が気道をふさいでいて、気道が狭く1㎝もない。いつ窒息死してもおかしくない危険な状態 のため、そのまま入院となる。即手術が決まるが、この病院では手術ができないため、指定された名古屋の大きな病院へ主人の運転で移動。夜の7時頃到着し、気道確保の為、ステント留置手術を受ける(腫瘍を押しつぶすようにして、気管支内に逆Yの字型ステントを入れ、気道を確保)。ステントを入れる際、腫瘍を少し削り取り、病理検査に。術後数日間は、ICUに。ステント留置中は、痰が自力で出せないため、1日4回の吸入が必須となる。術後の合併症で肺炎にかかり、 肺に水が溜まり、痛みと熱が続く。


⇒ 12月11日。病理検査の結果、『腺様嚢胞癌』と告知を受ける。


⇒ 12月14日。退院。


⇒ 12月18日。今後の治療法の相談。

腫瘍が気管支内にあり、かなり大きく、場所も悪い。外科的手術について。気管支を5㎝以上も切って、繋ぐという事は致命的!(私の場合は、もっと切り取らなきゃならなかったからだと思います。)呼吸が出来なくなるし、人工的な気管支もないため不可能。効果的な治療方法はないが、とりあえず放射線治療をすることが一般的と言われる。医師の指示通り、放射線治療を選択する。


2016年

⇒ 1月4日。入院。

1月5日~2月22日まで 計33回。放射線治療 66gryスタート。

放射線治療の副作用。照射部分が日焼けのように黒く色素沈着。(背中部分も) 後半、多少の飲み込み辛さはあったものの食欲も落ちず、食事は取れた。気管支に照射したため咳、痰は増えた。入院中、咳が原因で計10本の肋骨にヒビが入ったり、骨折していた。完治まで 約5ヶ月ほどかかる。コルセットと痛み止めで対処。声帯ポリープが2個出来、薬服用で消滅。 

退院後。しばらくの間、毎月経過を診る事になる。放射線治療の影響で気管支炎を引き起こしていたため、咳、痰が酷くなる。咳がとにかく酷く、体を横にすると、咳が止まらず、睡眠不足の毎日でした。気管支炎が落ち着くまではどうすることも出来ないと諦めていました。放射線肺炎になるかどうかは、数ヶ月様子を見ることに。結局、肺炎にはかからなかった。


⇒ 6月。咳が日に日に酷くなり、全く回復に向かわない。毎月診察では 咳止めの薬が 強い薬に変更になるだけ。あまりに咳が酷くて、毎晩寝れないため、気管支鏡カメラを受ける。カメラを入れる時も入ってからも、咳が我慢できずに出てしまい、とても時間がかかりました。結果、気管支内のステントと気管支がこすれて、気管支内に無数のタコのような物ができていた。そのタコが酷い咳の原因でした。今の酷い咳を少しでも 楽にし、睡眠の確保の為、咳の原因のタコをできるだけ取り、ステントを一度抜く手術をする事になりました。

とりあえず今は気管支内の腫瘍が放射線で落ち着いているためステントを抜いても気道が狭くなって窒息する心配はないとの事。手術も早いほうがいいと勧められましたが、娘の事もあるため、家族の負担も少ない夏休みに手術の予約を入れました。


⇒ 7月20日~7月25日。入院。

入院翌日の7月21日にステント抜去手術。術後、合併症の肺炎にかかるが、熱があるものの、軽い症状のため予定通り退院する。退院後は今までの咳が嘘のように楽になり、毎日負担だった1日4回の吸入もしなくてよくなる。放射線治療後、外出が億劫になり、引きこもり気味だった生活から一変、心身共に楽になり、外出するようになった。


⇒ 11月。癌と告知を受けてから、初めて自分の病気の事をネットで調べる。

この時TEAM ACCの事、はまさんのブログと出会う。


⇒ 12月26日。新しい情報を求めて、東京築地の国立がんセンターにて、セカンドオピニオンを受ける(一人で受診)。腺様嚢胞癌の専門医と紹介されるが、何故か乳腺外科医だった。今の所、新たな治療法も、薬もないと言われる。比較的進行が緩やかなので、1~2年ぐらいかな?長くは難しいですね・・・と、余命宣告を受ける。私の場合、気管支の広範囲に渡り、腫瘍が取れずに残っている事。かなり大きな癌があるからだそうです。長くはないとは今の主治医からも言われていたのでわかってはいましたが、やはりショックでした。


2017年

⇒ 5月。初めてPET CT検査を受ける。左胸骨転移が発覚。


⇒ 8月。ずっと隠し続けてきたが、一人娘に自分の病気が、“がん”である事を伝える。

愛知がんセンター中央病院整形外科受診。胸骨転移について診察を受け、様々な治療法について相談。翌週に二泊三日の入院で骨生検をすることに決まる。局所麻酔で行う。生検の結果、腺様嚢胞癌の骨転移と判明。


⇒ 9月。骨転移に対する治療の凍結療法についての説明を聞くため、三重大学病院受診。


⇒ 10月5日~8日。三重大学病院にて、胸骨転移部分に、凍結療法の手術を受ける。局所麻酔で行う。 骨への治療はかなり激痛であった。術後、特に制限はなくすぐに退院出来た。


⇒11月。骨転移について、名古屋医療センターでは 診れないとの事で愛知がんセンター中央病院に転院となる。転院してすぐCT検査、凍結療法の治療効果を確認する為にMRI検査を受ける。CTの結果、肝臓、肝臓近くのリンパ節に怪しい影が見つかる。更に詳しく腹部エコー、PET CT検査を受ける。胸骨のMRIの結果については、凍結療法の治療効果があり、がん細胞が消滅していた。


⇒ 12月。 腹部エコーの結果、肝臓に腫瘍が確認された。肝臓近くのリンパ節については 確認できず。PET CT検査の結果では、大きさが小さいのか?肝臓は光らなかった。しかし、食道、気管支近くに2ヶ所光るものが見つかる。こちらについては、気管支鏡カメラ、胃カメラの検査を受ける事になる。腹部エコーで肝臓に1つの腫瘍が確認出来たため、小さなうちに局所治療をする事に決まり、ラジオ波焼灼+動脈塞栓術という手術を受ける事が決定する。手術中にこの腫瘍についても生検する事になりました。


⇒ 12月25日~29日。肝臓転移に ラジオ波焼灼+動脈塞栓術の手術、同時生検を受ける。局所麻酔で行う。

①肝臓腫瘍生検

②肝臓腫瘍に繋がる血管に対して 右脚鼠径部よりカテーテルを入れ、動脈塞栓術を行う。

③肝臓腫瘍に対してラジオ波焼灼を行う。

ラジオ波焼灼は、胸骨の凍結療法とはまた別の痛みを感じました。術後は、何時間も体を動かせない状態での安静がとても辛かったです。腹部の違和感や鈍痛、発熱に対してはロキソニンで対処。翌朝 安静解除になり、尿管も取れた。食事も普通に取れるようになる。微熱が術後3日後ぐらいから出る場合があると言われており、多少の微熱はあるものの、無事退院出来ました。入院前に受けた気管支鏡カメラの結果は、気管支内は腫瘍の大きさ等、変化なく特に問題はなかった。今回退院前日に胃カメラを受け、結果は ポリープが見つかるが、良性のものだった。



家族、そして、仲間がいるから・・・

私は癌が見つかり、孤独と不安な毎日を過ごして、スッカリ生きることを諦めていました。

勇気を出して東京へ仲間に会いに行き、離れていても一人じゃない! 仲間がいる事はとても心強い! まだまだ生きていく! と、前向きになれました。

TEAM ACCとの出会いにより、私は生きる希望が持てました!

その後、たくさんの方々と繋がることが出来ました。

そして、繋がる喜びを身をもって実感しています。

これからも たくさんの人との繋がりを大切にしていきます。

また、娘にも “がん”である事、TEAM ACCの事を話した事で、家族の絆がより一層深くなったと感じています。

TEAM ACCを立ち上げて下さったはまさんには、本当に感謝しています。

家族も、今まで出会ったたくさんの仲間や友達、どちらも私にとってはかけがえのない存在であり、家族、仲間、友達とたくさんの方々に支えて頂いて私は生きています。


これからも 家族、仲間達と共に、今、一瞬を 楽しく、精一杯生きて行きたいと思います。


2018年1月UP


TEAM ACC

~腺様嚢胞癌の仲間と生きる~ ようこそ「TEAM ACC」へ。 ACC=Adenoid Cystic Carcinoma 腺様嚢胞癌 腺様嚢胞癌に罹患した方と家族のために体験者が チームとなり共に生きるためのサイトです

0コメント

  • 1000 / 1000