ACC体験記 FILE021=marikaさん
【ニックネーム】 marika
【病名】 右側 頭下窩 腺様嚢胞癌
【原発巣】 上顎洞(右の副鼻腔)、前頭洞(右のマユ毛付近)
【原因】 不明
※癌が出来始めたのはもう5年以上前からなのではないかと言われた。
【罹患年齢】 39才
【ステージ】 Ⅳ
【治療選択について】
切らずに重粒子線治療も選択肢にありましたが、お金も無いし住んでいる所からは治療出来る病院が離れている為、私は大学病院での手術と放射線治療を選択。
【治療内容】
手術(顔、肺)合計4回
放射線治療(顔、頭部)3回
抗癌剤治療(多発性肺転移に対して)3回
【はじめに…】
始まりは右頬のズキズキした痛みでした。口を開ける動作をするとズキッと痛む、アクビも痛くて出来ない位になり、これは顎関節症か?顔面神経痛か?取り敢えず口腔外科で診てもらう事にした。
診断は、顎関節症ということだった。
その後約一年間、顎関節症の治療をしたが、一向に症状は治まらず痛みは増すばかり。
主治医が大学病院から来た部長先生に替わったタイミングでもう一度一から治療を見直して欲しい!と訴えそこで顔のCTを撮ってみると、そこで腫瘍が確認された。
歯科口腔外科で開かない口を何とか頑張って開けながら病理検査をしてみたらやはり悪性のモノだと判明。
病名は「腺様嚢胞癌」。
何それ?何癌なの?聞いたこともない病名を告げられ口腔外科から耳鼻科に行くようにと紹介された。
そこで詳しく病気について説明を受けることになった。
【治療記録】
2011年8月
癌告知
2011年10月
癌除去手術
2011年11月
放射線治療 右顔面=66Gry
2012年1月
左肺一ヶ所の転移部分除去手術
2012年4月
右頬腐骨除去手術
2012年5月
遊離皮弁手術 *前月の再手術
2012年8月
抗がん剤治療開始。
TS‐1と言う飲み薬タイプの抗がん剤を使用するも副作用が強く半年で終了。
2013年5月
多発性肺転移に対して点滴による抗癌剤治療。
2013年8月
多発性肺転移に対しての2回目の抗癌剤治療~分子標的薬。
2014年1月
多発性肺転移に対しての3回目の抗癌剤治療~分子標的薬。
2015年2月
前頭洞部位再発の為に放射線治療=30Gry
2016年3月
脛椎転移の為放射線治療=40Gry
2016年8月
医療麻薬もだんだん効かなくなり今やれる効果的な治療はない、このままだと余命宣告になると言わた。
~ご本人の意思によりここから先は管理人がご本人のブログから要約~
2016年9月
余命宣告を受ける。
「もってあと1年」と言われる。
在宅医療の話しも出たが住んでいる地域では在宅医療を行っている医師がいないため自宅療養を選択。
2016年10月
自宅療養中、痛みがたまに襲ってくる。
呼吸が苦しくなったり、腕のつけ根に激痛が走ったり、お腹に差し込むような痛みが来たり、肩甲骨の下辺りに激痛が走ったり、頻尿になったり、食べれていたご飯が食べられなくなったりすることが多くなってきた。
お風呂に入るのにもこんなに体力を使うなんて、簡単な家事を一つやるのも一苦労。
座っていても痩せてお尻の肉が無くなったせいでクッションをあてないと痛い、寝ていても背中の肉が無くなって痛い。
着実に私の体の中で癌細胞が暴れまわっているのが想像出来る感じだ。
2016年11月
実は目の奥の神経が前々から痛くて気にはなっていた。
発病時から目の神経に癌細胞が絡み付いていたのは分かっていたが、症状もなくて今まで来た。
しかし、とうとう右目にも障害が出てきた。がんは眼球に突出するみたいだ。
2016年12月
先日、今年最後の診察に大学病院へ行ってきた。
急激な目の奥のジンジンズキズキした神経の痛みに耐えられず、痛み止もまた量を増やし、更にはステロイドを処方してもらい神経への圧迫を抑えようと言う作戦に出た。
いく分痛みは和らいだ気がするが油断はならない。
右目の視力はほぼなくなった。
医師から病院での治療をすすめられた。
その他に深刻なのは精神的なストレス。
この先、自分がどうなっていくのかを考えてばかりで気は滅入るばかり。
私の中の「気持ちタンク」から溢れ出しそうになっている。
私は頑張り過ぎていたと思う。心に余裕がなくなっていると思う。
医師は安定剤を処方してくれ、今のところ少しは効き目が有りそうで良かった。
2017年1月
クリスマスからお正月まで、とにかく食べたいと思っていた物は殆んど食べる事が出来た。
年越し蕎麦、お正月はすき焼き用の村上牛、お酒、お餅、手造りのたくあん、スナック菓子、アイスクリーム。体調が良好のため幸せを感じる。
2017年2月
またもや呼吸が苦しくて、体中が痛くて辛かったため病院を受診して来た。
しかしながらまた薬が増えた。
血中酸素濃度を計ったら80台。ヤバい数値だ。こんな数値は初めて。
息を吸っても苦しい訳だ。こんなにまで私の肺機能はやられてしまったようだ。
まだ酸素ボンベを転がして生活する程ではないが、万が一、苦しかった時のために携帯用酸素を薬局で買ってみた。
気持ちの落ち込みが酷くてどうにかなりそう。
頭がおかしくなりそう。
こんなに不安と恐怖で心臓がバクバクするのは初めての事だ。
2017年3月
入院治療。
入院した当初は本当に精神的に辛くてこの先が見えなくなっていた。
血中酸素濃度は常に80台前半の数値。
常に息止めを3分間しているのと同じレベルの数値らしい…
効き目が無くなってきた医療用麻薬を新しいものに変えてもらった。
私は今までは我慢し過ぎたみたい…
我慢はやはり良くないことが良くわかった。
退院後はフェントステープ8mgを貼り24時間毎に貼り変えて、後は痛いときにオキノームを20mg飲んで様子を見ると言う生活になる。
息苦しいのは肺転移によるモノなのでこれ以上の処置はないがまだ酸素ボンベを転がしながらの生活にはならないようだ。
入院後半は順調だと思っていたのにここへ来てオキノームの副作用の吐き気とダルさに襲われた。
そんなに副作用は出ないと言われているのに、私の体にオキノームはなかなか馴染んでくれないようだ。
2017年3月18日
退院したとはいえ実は体調が良いとは言えず、無理矢理退院してきたって感じだ。
微熱が続いていたが、血液検査でも分からず、しかし、このくらいの熱なら退院しても問題ないだろうということで踏み切った。
暫くは自分の部屋には戻らず実家の母親の部屋の隣室で生活することにした。
今は、オキノームは飲まなくてもフェントステープだけで痛みは落ち着いている。
しかし我慢できずにオキノームを使った時の副作用が怖い。
2017年04月
咳込みが酷く腹筋が痛い。
食欲もなくお粥ばかりでは栄養が摂れないのでエンシュアを処方してもらった。
腺様嚢胞癌(ACC)の仲間やブロ友さん達が励ましてくれることだけが心の支えになっている。
2017年05月
体重は31kgを切りそうだ。
この痩せた身体のせいか不明だがオキノームが合わずに苦労している。
オキノームを服用すると倦怠感、吐き気、眠気など抗がん剤で経験した副作用よりもキツイ副作用に悩まされる。
歩くのもやっとという状態。痛いけどオキノームは使えない。
病院に行ったところで麻薬に繋がれるだけ…ほかに良い方法はないものだろうか。
2017年6月8日
(marikaさんよりHama宛にもらったメールより)
「今日の夜からいよいよモルヒネだそうです。
体に貼る麻薬のワンデュロシート半分にプラスで痛いときに麻薬のモルヒネをプッシュして送るタイプの形で始めるとの事です。」
そして…
2017年6月11日 AM2:50
marikaさんは永眠されました。
44歳と11ヵ月。
45歳のお誕生日を迎える直前に天国へ旅立ちました。
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