ACC体験記 FILE006=あっつんさん

<原発部位>耳下腺(左) 

<STAGE>Ⅱ 

<ニックネーム>あっつん 

<性別>女性 

<罹患年齢>40歳 

<住まい>大阪府 

<治療>2014年12月 手術 

<病院>関西電力病院 

<現状>経過観察

   (3ヶ月に1回のCT、年に1回のPET)     

<体験記> 


発覚から治療まで 

1999年(診断される15年前)ごろ、左耳下腺あたりに豆粒大のしこりを自覚し、痛みも伴うため、耳鼻科を受診することに。炎症?とのことで、抗生剤を処方され、内服。内服終了後も症状が改善されず、そのまま経過・・・ 


2013~2014年頃より・・・

その腫瘍が徐々に大きくなっており、チリチリした痛みも伴い気にはなるが、痛みがあるということは癌ではないな・・と自己診断し、受診には行かなかった。


2014.10月末・・・

行きつけのリラクゼーションサロンでフェイシャルマッサージをしていただいている時、左耳下にあるしこりについて、病院へ行った方がいいのではないか?と勧められる。


2014.11.4  耳鼻科受診(F部長) 

触診・エコー・FNA(穿刺吸引細胞診)・頭頸部MRI申し込み 

触診、エコーをした際、医師からなんとなく険しい空気を感じた。細胞診・MRIの結果は出ていないが、大きさ・形から、手術は必要であることを伝えられる。 


2014.11.  検査結果説明 

FNA:悪性所見なし 

MRI:多形腺腫(悪性ではない)であろうとの診断 

入院・手術の申し込み  


2014.12.10入院 

2014.12.11手術「耳下腺腫瘍摘出術」  


病理組織結果:腺様のう胞癌(特に充実型) 

Stage:Ⅱ(T2N0M0) 


医師からの説明 

「手術初見としては、周囲との癒着はほぼなく、外来での経過(10年以上経過している)状況から見ても、急速な進行を示す腫瘍は考えづらいです。

顕微鏡初見として、皮下の脂肪織まで浸潤を認めますが、皮下には到達していなさそうです。深部への伸展は認めません。また、悪性度という考えがあって、組織系は腺様のう胞癌(特に充実型)と診断されましたので高悪性度にあたります。 

治療方針ですが、まずは前回の手術では皮下脂肪への残存の可能性が高いので、追加で手術を行い、皮膚を残して皮下組織を出来る限り摘出し、同時に診断と治療を兼ねて、上顎部のリンパ節も摘出することを考えています。神経への浸潤は少ないと考えていますので、顔面神経は温存しようと思っています (ただし、術後早期にはなりますので、神経の剥離が激しく、麻痺が生じる可能性があります)。

放射線治療のみを追加する方法もありますが、効果が薄いとの報告も多く、再発した場合には手術が難しくなるため、あまりお勧めはしません。化学療法は積極的に第一選択とする報告はありません。 

手術したとして、もし万が一再発した場合は神経を切除し、追加で放射線治療を行うことになる可能性が高いです。」 


 2014.12.22   左耳下腺腫瘍摘出術+左頚部リンパ節郭清術 


術後病理結果説明 

「今回の病理の結果では、腫瘍の残存は認められず、リンパ節の転移もありませんでした(理論的には、前回の断端陽性であり、残存があったと思います。炎症を伴うので、判断は難しいです)。

検査結果からは、これ以上の追加治療は行わず、経過を観察していきます。 

ただし、高悪性度の腫瘍であり、今後の再発にはやはり注意が必要です。定期的にPETやCTなどでフォローしていきます。 

神経麻痺に関しては、顔面神経の端端縫合できているので、時間はかかりますが徐々に良くなっていくと期待しています。」 


2014.12.30 退院 

2015.1.13 仕事復帰 


『QOLについて』 


食事 

術後、左顔面神経麻痺のため左側の眼瞼と口角が下がり、自力で動かすことができないため、飲み物を飲むときは口の右側にストローをくわえ、唇の左半分を手でつまんで飲んでいました。食べ物は左半分が動かないため右半分で噛んで食べますが、口の動きが悪いため、なん度も頰の内側を噛んでしまい、口内炎ができました。 

口を大きく開けることができないため、大きなものを噛み切って食べることができず、1口サイズにして食べていました。傷の周囲の腫れが残っているうちは、痛みもあったため、咀嚼も大変でした。 

麺類もすすることができず、レンゲに1口ずつ入れて食べないといけなかったのでかなり時間がかかりました。 

退院直後、家族と中華料理屋に行き、担々麺を頼んだ(辛いものを欲していたので・・)のですが、食べるのにとても苦労したのを覚えています。 

また、お寿司も食べに行ったのですが、大きな口では食べられないため、シャリとネタを3〜4分の1程度に分割して時間をかけていただきました。お寿司屋の人に不思議そうに見られていたのを覚えています。また、ポロポロこぼれるので、大きめのハンカチを常に持参し、膝にかけて食事をする習慣もつきました。食事中は、麻痺側の口周囲が汚れるので、常にティッシュやナフキンで拭きながら食べていました。 

外食に行った際は、自分の食べる顔が他人に見られないように、背中を向けて座る席を選んでいました。 

とにかく時間がかかるので、食事だけでも疲れました。 

また、大唾液腺である耳下腺がないため、食事中は、左耳の後ろから唾液の代わりに汗が流れるという、面白い兆候が表れます(フライ症状群というそうです)。人間の体って面白いなあと思います。

術後は、食事制限はなかったので、大好きなお酒も普通に飲んでいたので、それが本来の自分の姿なので良かったです。 

術前までは、職場の仲間たちと飲みに行ったりすることが好きだったのです が、それはほとんどなくなりました。外食は家族とだけとなりました。また、職場復帰をしてからの昼食は、社員食堂へは行けず、狭い部屋で一人でお弁当を食べていました。 

術後1年を過ぎた頃から。徐々に麻痺が改善されていき、社員食堂へも行けるようになりました。 


目の乾燥 

顔面神経麻痺のため、左目の瞬きができないため、目が乾燥し、涙がポロリポロリ・・・人口涙液を処方され、点眼していましたが、乾燥はします。 

あと、光が眩しくても目を閉じることができないため困りました。 

また、コンタクトレンズを装着することができないため、眼鏡での生活になりました。眼鏡は、そんな目の症状を隠すため、色付きのレンズにしましたが、私の病気のことを知らない職場の人からは、「どしたんその眼鏡?」と聞かれることが多く、目の動きに対してはではなく、眼鏡に対して疑問を持たれたようでした(笑)かえって人の目を引き寄せてしまう結果となりました(笑) 

コンタクトレンズは術後7〜8ヶ月くらいで瞬きができるようになったので、装着できるようになりました。 


外見 

左耳下から頸部中心にかけての傷があり、髪の毛をアップにまとめると傷がむき出しになるので、ヘアスタイルは、前下がりのボブスタイルにしました。 

顔面神経麻痺を隠すため、眼鏡とマスクは絶対に必要でした。そのおかげで、インフルエンザや花粉症にはならず過ごせました。ただ、眼鏡が曇るので、出かける前に、眼鏡の曇り止めをしっかりしました。 

術後1年目くらいで、マスクなしで出掛けられるようになりました。  

笑うと、顔の左半分が引きつるので、悪さを企んでる顔になるのですが、心から笑っているので、気にしないようにしたいと思います(夫から冗談で悪い顔やなあ・・と言われたことがあります。笑)。  

頸部リンパ節郭清をしているため、左顔面の浮腫み、違和感はずっとあります。疲れるとその自覚はひどくなります。また、寝起きも浮腫みはひどくなっているので、朝顔を洗ったあと美容液を塗る際、マッサージをしなくてはなりません。そのため、化粧をする時間が長くなりました。  

写真を撮るのがすごく嫌でしたが、今では写真を撮るときのポーズと角度に気をつけて撮るようになりました。そうすると、いつも同じポーズになってしまいますけどね(笑) 

手術により、外見(しかも顔!)が変化してしまったことで、以前からの知り合いに会うのがとても怖かったです。職場では、マスクをしているのでいいのですが、近所の人や子供の学校関係で関わる方たちなどと、どこかでばったり会ってしまったら、この外見をどう思われるのだろう・・・と。 

あるとき、近所で4年ぶりに娘の同級生のお母様とばったり会いました。思わず話しかけてしまったのですが、外見が変化した私を誰かわからなかったらどうしよう・・声かけず気づかないふりをすれば良かった・・と、後悔しました。しかし、そのお母様は、すぐに私のことを認識してくださり、「変わらないね〜。」と普通に会話してくださいました。そのとき、とても嬉しくて、免疫が上がったような気がします。自分が思っているほど、相手はそんなに気にしていないのかな、と思い、自信がつきました。 

そのことがきっかけに、家族以外の方たちと食事に行けるようになりました。 


現在の状態 

3カ月に1回のCT、年に1回のPETで今の所、再発所見なく過ごせています。 

仕事も適度にこなし、大好きなドリカムのLIVEに行ったり、友人と食事に行ったり、家族と旅行に行ったり、笑顔で過ごせるよう心がけています。 また、外見変化が及ぼす心理社会的影響は重要な問題として感じていますので、アピアランスケアについて学んでいるところです。  

2016年8月6日~7日に東京日本橋で行われたジャバンキャンサーフォーラムで初めて同じACCの方々にお会いすることができました。この出会いで、私は一人ではない、同じ仲間がいるということがわかり、すごく勇気をもらいました。この病気にならなければ出会うことのなかった素晴らしい仲間たち! 

このつながりを大切にし、私なりにできることを少しずつやっていきたいと思います。

2016.09.08 UP


~以下2017年8月25日追加更新~


局所再発・手術・化学放射線治療

2016年10月の定期CTでは異常なかったのですが、この頃、物忘れが気になり、頭のMRIを撮ってもらいました。すると、脳は異常なく、左耳下腺術後部分に1.5cmの結節を指摘されました。自覚症状はなかったのですが、言われると 何かあるような感じが・・・

主治医も信じられないようで、PET-CTを撮りました。結果は左耳下腺術後周囲 にはごくごく淡い集積があり、再発の可能性も否定できないという、あやふやな結果・・・その部分に針を刺して穿刺吸引細胞診をするも、激痛だけで細胞は取れませんでした。3ヶ月後に再度MRIを撮ると、前回よりは再発の疑いが 強まり、2017年3月手術を受けました。今回の手術は、顔面神経も取らざるを得ない場所なので、同時に形成外科で顔面神経再建術も受けました。神経は、左ふくらはぎの腓腹神経を移植し、手術は10時間に及びました。

摘出したモノは約1.5cmで、病理診断結果は腺様囊胞がん再発で、主に充実型で、一部に篩状と菅状の構造が伴っているとのことでした。

断端は、標本の端で焼灼の影響もあり、はっきりしないが、陽性の疑いがあるとのことでした。

術後補助療法として、放射線治療をどうするか決断するために、がん研有明病院 頭頸部外科へセカンドオピニオンに行きました。

結果、IMRT(高度変調放射線治療)を決意し、その施設のある大阪国際がんセンターに行きました。 

そこでは、断端陽性の疑いが少しでもあるのなら、抗がん剤と併用である化学放射線治療を勧められました。

悩んだ結果、化学放射線治療を受ける決意をしました。

放射線は33回計66Gry、抗がん剤はシスプラチンを3週ごとに2回投与のスケジュール。シスプラチンを投与する週は1週間入院して、あとは通院で放射線を照射するというもの。

しかし、1週目で投与したシスプラチンの影響で、倦怠感と食欲不振が改善さ れず、QOLが下がってしまい、2回目のシスプラチン投与はしませんでした。

そのおかげで食欲不振は徐々に改善し、味覚障害や倦怠感はあったものの、食事はなんとか摂ることができ、33回の66Gryの照射をクリアすることができました。

8月のMRIとCTの結果は、問題なし。

仕事は、8月末まで休ませていただき、9月から復帰することとなりました。  

TEAM ACC

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1コメント

  • 1000 / 1000

  • はま

    2016.09.09 01:00

    あっつんさん、この度は貴重な体験記を投稿くださりありがとうございました。 ご職業柄か病状や治療についてとてもきめ細かくまとめられていますね。 手術後に体験したのラーメンの話し、お寿司のお話し、背を向けて食事をする話しなど全て「あるある」でした(^^)/ アピアランスの問題はまだまだ解決していないと思いますが今後も勉強されてボクたちにも良い情報を届けてくださいね。