ACC体験記 FILE003=かふかふさん
<原発部位>顎下腺
<STAGE> II
<ニックネーム>かふかふ
<性別>女性
<罹患年齢>56歳
<住まい>香川県
<治療>2015年9月 手術
<現状>経過観察中
<体験記>
発覚から手術まで
いつから右顎の下にグリグリするものがあったのか思い出せません。私は数年前から毎年人間ドックを受けていました。その際少なくとも2回、つまり癌発覚の2年前には「ここにあるのは何なのでしょうか」と相談した記憶があります。「それは検査項目にありません」とか「正体を知るには切って調べるしかありません」とのことで、「検査のために首にメスを入れるなんて」と急いで質問を撤回したものです。
しかし我慢できる程度ではあるけれど、少しずつ痛みを感じるようになってきました。唾石症を疑って歯科でレントゲンを撮るも見当たらず。内科で相談すると耳鼻科に行くように言われ。近所の耳鼻科に行って真っ先に聞いたことは「まさか癌とかじゃないですよね」です。「癌なら何年も同じ大きさなんてことはないから安心しなさい」とのことで、痛み止めやうがい薬をもらいながら過ごした1年半。かつては時々感じる程度だった痛みが、やがて常時続くようになりました。これはおかしい、気になる。仕事や家の用事がちょうどひと段落したのを機会に切って調べてもらおうと決意しました。
2015年7月、県立中央病院受診。その場でエコーを使って調べ、確かに何かあるから疑念を晴らすために次回は針で吸引して調べましょう(細胞診)となって、お盆明けの診察日を予約して帰りました。あれ?切らなくても調べられるのか、と意外な気がしました。
その翌日、朝日新聞を読んでいると「希少がん もっと情報を」「少人数x多くの種類 遅れる取り組み」というタイトルが目に飛び込んできました。体のこんなところにできる癌にはこんな珍しい癌があるよ、と図解入りです。ちょうど私と同じ顎の下のところにも何やら書いています。「腺様嚢胞癌」とあります。さっそくWikipediaで調べると、恐ろしいことがたくさん書かれていました。まさかこれじゃないよねと思いつつ、不安なお盆休みを過ごすことになりました。
8月、一週間前に行った細胞診の結果を聞きに行きました。診察室に入るとパソコンを見ていた先生が口を開くのに少し、間がありました。嫌な予感がしました。「顎下腺癌です」。やっぱり?! 癌の告知ってこんなにあっさりされるんだ!でも良かった、あの腺様嚢胞癌じゃなくて。そう思った次の瞬間「細胞の型としては腺様嚢胞癌です」という言葉を聞きました。嘘!!「癌とわかれば早く切除するに越したことはありません」と一番早い手術日を提案され、その日のうちにMRIを撮りました。MRIの孤独な装置の中で茫然としている自分がいました。PETは2週間後を予約しました。
でもその2週間が精神的にきつかったです。いったい私は何年癌と共存していたのか、もう全身に回っているのではないかと思うと、悲しくて恐ろしくて腹が立って元気な人が妬ましくて、暗い海の底を這っているようでした。朝目を覚ました時、あれは夢だったかなと一瞬思うのに、やはり夢じゃないことを思い出しては嘔吐感を覚えました。それでも仕事の引き継ぎなど事務的なことに忙殺され、昼間は気が紛れます。夜は寝付かれず、You tubeで聞くスガシカオの「夜空のむこう」が私の気持ちに寄り添ってくれました。
9月の PET検査の結果、幸い明らかな転移は見当たりませんでした。ならば敵は顎下腺のみ。腺様嚢胞癌の性格からして浸潤の可能性もあるので大きめに切り取ること、神経に癌が絡み付いていた場合は神経ごと切るので麻痺が残る可能性のあること等々、色々説明されました。命を守るためなら何でもどうぞ、と頷く私の隣で夫が、そうなったら神経を再生する手術はできないか、などとしつこく質問しました。そのかいあってか(?)その後「カンファレンスで舌神経は切る方向に決まりました。人工神経を入れるので形成外科にも参加要請します」と先生から連絡がありました。覚悟を決めて身を任せるしかありません。美容院で髪を切り、写真館で笑顔のポートレートを撮り、親しい友人に会い、県外にいる子供たちに説明し、保険会社に連絡し。でも実家の両親だけには本当のことを言えないまま手術の日を迎えました。
手術とその後
手術台に上がって「眠くなりますよ」とマスクをかぶせられた後は、「目を開けてください」と言われるまで何の記憶もありません。目を開けて口の中で舌を動かしてみました。そして喋ってみました。「今何時ですか?」喋れる!良かった!
右耳から顎の下まで切って腫瘍部分を4cm四方ほど切除。リンパ節郭清術も同時に。そして神経再生誘導術。5時間かかっていました。首からはドレインが3本。5日目くらいから1本ずつ外されて、10日目くらいに退院の許可が出ました。
病理の結果、切除断端に浸潤は見られなかったので、今後の治療方針を問われました。希望するなら放射線を当ててもいいが腺様嚢胞癌への有効性には疑問があるのであまりお勧めはしないというので、私も同意して当面は何もせず、経過観察で行くことにしました。以来、CT、PET、エコーと2か月ごとくらいに検査しています。右頸部リンパ節と手術箇所になにやら映っているので大きさに変化があるかどうか見ている状態です。
QOLの低下
手術直後は舌の右半分は何も感じませんでした。口の中にトトロが寝ているような感覚。正常な左半分が一生懸命働いて物を言ったり、食べ物を移動させたりしていたと思います。右側の舌は噛んでも痛くないので、食事中まちがえて自分の舌を噛んでは血の味で気が付くというグロテスクなことを何度かやりました。形成外科の先生によると神経は1日1ミリずつ伸びるとのこと。4センチくらいの人工神経を入れたはずなのでそこに神経が伸びるには40日くらいかかる計算です。指折り数えて40日を待ちました。でもトンネルの開通式とはわけが違います。確かに1年経って舌の動きは軽くなりました。でも痺れや味覚障害はあります。誤嚥でむせることもしょっちゅうです。食べる時は注意深く、喋るときは筋トレだと思って表情豊かに、を心がけています。
手術直後は首の皮(?)がつっぱって首が回らないため、車の運転がやりにくかったです。また、右側リンパ節郭清をしたため、右腕が前には上がるものの、横には90度より上にあがらなくなりました。そこで物干し竿に紐をかけてその下で紐の端を左右の手で持ち、左手を下に引っ張ると右手が上に自動的に上がる装置(?)を作って訓練しました。やがて首も腕もふつうに動かせるようになりました。
口が右下に開かないので、かつてのように歯を見せて微笑むことができなくなりました。ともすれば口がへの字になってしまうので、意識して口角を上げるようにしています。
今思うこと
癌になったからといってすぐこの世におさらばするわけではありません。でも癌を持っていることを知りながら、または治療しながら生きていくのはなかなか大変です。大切な人との時間を大事にしたい、やりたいことは後回しにせず実行したい、周囲から見ると「元気だね」と言われるほど動いていますが、動いていないと不安なのです。この気持ちを分かってくれる人にだけ分かってもらえればと思います。
2016年8月21日UP
5コメント
2017.08.23 02:25
2017.08.22 13:16
2017.08.22 08:44